選んだもの、選ばなかったもの。【トリニティ】窪美澄

小説
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2020年、11冊目の読書感想です。


トリニティ [ 窪 美澄 ]

昨年(2019年)の直木賞候補にも選ばれた1冊です。

私は恥ずかしながら著者の窪美澄(くぼみすみ)さんをこれまで存じ上げなかったのですが、でもこの本、すっごく良かったです。

月並みな言い方ですが、時代を超えて普遍的な「女性の生き方」について考えさせられるストーリーでした。

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昭和から平成、3人の女性の物語

この本は、終戦前後に生まれて昭和から平成という時代を生き抜いた、3人の女性を描いた超大作です。

  • 時代の先駆け的なフリーランスのライターとして女性誌を中心に活躍する登紀子
  • 不遇の子供時代を過ごしながらも、若くしてイラストレーターとして鮮烈なデビューを飾り、その後も名を上げていく妙子
  • 出版社で雑用をこなす平凡なOLで、結婚と同時に退職して専業主婦の道を選ぶ鈴子

この3人の人生が、鈴子の勤め先である出版社で交わり、それぞれの選択を繰り返しながら昭和、平成という時代を生きていく様子を、鈴子の孫である奈帆の視点を交えながら描いています。

ちなみに、フリーライターの登紀子、イラストレーターの妙子は、実在の人物をモデルとしているそうで(ストーリー自体はフィクションです)、私は世代が違うのでピンときませんでしたが、私の母(よりちょっと上?)くらいの世代だと「あ、あの人ね」とすぐ分かる設定なのだと思います。

トリニティとは

「トリニティ」の正確な意味はキリスト教の「三位一体」(父と子と聖霊?)だそうですが、このストーリーの中では「女性の人生で重要な3つのもの」・・・というか、「それぞれの女性が選び取るもの」といった意味合いで使われています。
男、結婚、仕事。
それとも、仕事、結婚、子供。

女性にとっては、今よりずっと選択肢が少なかった時代ですよね。
フリーライターの登紀子や、イラストレーターの妙子のような、ある意味特殊な職業でないと、女性は結婚して仕事を辞めるのが当たり前だった時代。

それは「選択肢が少なかった」というよりも、「選択できる(手に入れられる)絶対数が少なかった」と言った方が良いのかもしれません。
人生の分岐点において選べるのはたったひとつ。「結婚も仕事も」ではなく「結婚か仕事か」であり、どちらか一方を選んだら、もう片方は選べない。
その「選択」を繰り返しながら、気付くともう後戻りのできない場所にいて、日々に忙殺されながら「選ばなかった道」にふと思いを馳せる・・・。
心をギュッとつかまれたような気持ちになる場面がいくつもあります。

じゃあ今の時代は違うのか?というと、確かに「結婚も仕事も」は当たり前になって、「仕事も子供も」も当たり前になりつつありますが・・・。
でも「選択できる数」は増えても、「選択できる量」は増えていない気がするんですよね。「仕事も子供も」はOKだけど、子供を産んだら仕事はセーブする。もしくは、仕事に注力するなら子育てはある程度外注する。
「これも100%、あれも100%」はやっぱりできなくて、同じ100%の枠の中で「これに○%、あれに○%」と振り分ける配分を選ぶように変わっただけ。

そんなの当たり前かもしれませんが、昭和の時代も今も、「その選択を強いられているのは常に女性側である」というところがやっぱりポイントですよね。
子供ができたら仕事を続けるのか辞めるのか。続けるならば、どんな働き方をしていくのか。子供の年齢と共に働き方をどう変えていくのか。
外的な要因で「選ぶこと」を迫られるのは、やっぱり圧倒的に女性の方が多数派だと思います。

昭和、平成を経て令和の時代になっても、本質的な部分の状況はあまり変わっていないのかもしれないな~なんてこの本を読んで私は思いました。
「今は過渡期だから」という言葉も耳にしますが、この変わるペースの遅さを見ると、令和の時代も「女性が選択を迫られる」ことから大きな進歩はないのかもしれません。

平凡なればこその叫び

登場する3人の女性の中で、「女性であっても仕事を持ち、自立して生きる」ということを切り開いてきたのは登紀子や妙子で、その切り開いてくれた道の延長線上に私もいると思います。
2人とも決して幸福とは言えない晩年を過ごすのですが、それでも彼女たちのような女性が先鞭をつけてきたからこそ、「女性が働くこと」自体は当たり前になった今の社会があるわけで。

でも読みながらやっぱり自分を投影してしまうのは、専業主婦として平凡な人生を歩む鈴子なんですよね。
私は専業主婦ではありませんが、それはたまたま今の時代を生きているからであって、この物語の時代に生きていたら大多数の女性と同じ専業主婦の道を選んでいたと思います。

登紀子、妙子と比べて、鈴子はあまり主体性がなく、「こうするものだから」という世間の価値観に流されて生きているように見えるのです。

でも、そうではないことが分かる、とっても印象的な場面があります。

1968年、激化する反戦デモを3人で連れ立って野次馬気分で見に行くのですが、その大混乱の中で、唐突に鈴子が群衆に紛れて石を投げ、日頃の不満を大声で叫ぶのです。

「私のことを鈴ちゃんなんて慣れ慣れしく呼ぶな!お茶くみなんか誰でもできるって馬鹿にしないで!」
「男どもふざけるな!」

トリニティより

それまでストーリーの中でもあまり描かれていなかった鈴子の鬱憤が、唐突に炸裂するこの場面が、私としては強烈に印象に残りました。

混乱の中で自分の思いを真っ先に叫んだのが、進歩的な登紀子でも妙子でもなく、平凡な鈴子だったこと。

そう、何も考えずに生きている人なんていないんですよね。
みんな、その時代の中で自分なりの最適解を探してあがいているわけで、それがはたから見ると「易きに流れた」ようにしか見えなくても、本人の中では様々な葛藤の末に導き出した答えかもしれない。
「平凡で幸せそうな人生」も、選んだものと選ばなかったものの積み重ねの上にある。

私自身は平凡すぎて、登紀子や妙子のように先鞭をつけることはできない。でも平凡に生きる自分の小さな叫びが、積もり積もって次の世代を変えていく力になるのかもしれないと、かすかな希望を抱かせてくれる一場面でもありました。

未来につなげていけるなら

孤独に人生を終えていく登紀子と妙子。平凡に生きてきた鈴子。
単純に大団円のハッピーエンドではないですが、鈴子の孫である奈帆の視点で紡がれるラストシーンには希望が溢れていて、清々しい読後感の1冊でした。

1人1人の女性の生き方が、未来を作っていく小さな一要素だと思うと、日々の自分の暮らしにも胸を張って良いようなそんな気持ちにさせられます。
とーってもおススメの1冊。

以上、長くなってしまいましたが【トリニティ】読書感想でした!

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