世界は誰かの仕事でできている。【マトリ 厚労省麻薬取締官】瀬戸晴海

新書
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2020年、25冊目の読書感想です。


マトリ 厚労省麻薬取締官 (新潮新書) [ 瀬戸 晴海 ]

「俺たちは、猟犬だ!」激増する薬物犯罪に敢然と立ち向かうのが厚生労働省の麻薬取締官、通称「マトリ」だ。麻薬、覚醒剤など人間を地獄に陥れる違法薬物の摘発、密輸組織との熾烈な攻防、「運び屋」にされた女性の裏事情、親から相談された薬物依存の子供の救済、ネット密売人の正体の猛追、危険ドラッグ店の壊滅…約四十年間も第一線で戦ってきた元麻薬取締部部長が薬物事犯と捜査のすべてを明かす。本邦初の稀少な記録。

内容紹介(「Book」データベースより)
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頭脳派武闘集団「マトリ」

「マトリ」こと「麻薬取締部」ってご存知ですか?
え?常識?

いや、まぁニュースではちらほら耳にしますし(するような気がしますし)、何となく「麻薬」全般を取り締まる警察組織みたいなイメージだったんですが・・・。

マトリは、警察ではなくて厚生労働省の一組織なんですね。

警察以外にも、捜査・逮捕の権限を持った組織が存在しているということ自体が私的には「へーそうなんだ!」という感じだったのですが、「治安対策」のひとつとして麻薬の取り締まりを行う警察に対し、マトリは「薬物」そのものをターゲットとして捜査を行うという立場の違いがあるんですね。
つまり、犯罪への対応に加え、薬物(たとえ未規制であっても)の危険性を見極め健康被害を防止するという任務があるんだそうです。
もちろん被疑者を逮捕するという点では目的は同じですが。

そんな「マトリ」に所属する捜査官が、タイトルにもある「麻薬取締官」なのですが、上述のとおり「薬物の専門家集団」であるわけなので、麻薬取締官の65%が薬剤師なんだって!!

なんだか意外ですよね。

「麻薬取締官」というコワモテのイメージと、「薬剤師」という冷静に薬を処方していそうなイメージが、なかなかイコールでは結びつかないというか。

この本の著者である瀬戸晴海さん(本の画像の帯に写ってる方です)は元麻薬取締部部長なのですが、こんなコワモテでいかにも修羅場をくぐっていそうな瀬戸さん自身も薬学部卒。
ちなみに残りの35%には法律専攻者が多いそうな。

この本の中では、瀬戸さん自身が経験した数々の薬物捜査の現場の様子が紹介されているのですが・・・。

え?これハードボイルド小説?(;’∀’)

というくらい切った張ったの世界なんですよ。

まさに、頭脳派武闘集団という感じ。

薬学部卒の方(の一部)がこういう仕事をしているとは想像したこともなく、

いやぁ、世の中にはいろんな仕事があるんだのぅ~。

とつくづく思いました。

という、一般人にはその実態があまり知られていない「麻薬取締官」という職業。

本書は、日本の薬物犯罪を時系列で振り返りつつ、それぞれの時代に麻薬取締官がどのような捜査を行ってきたのかを(切った張ったのエピソードを交えつつ)解説している1冊であります。

戦慄する薬物の危険性

一通り読み終わるとですね、まず思うことは。

オラ、ワクワクすっぞ!

じゃなかった、

オラ、ぜってー薬物やらねー(;’∀’)

ということですかね。
スミマセン。不謹慎で。

いや、読まなくてもやらないけど、ほんと、書かれている中毒症状を読むと恐ろしくなりますよ。

覚醒剤やヘロインなどはその恐ろしさがこれまでも散々喧伝されていると思うのですが、なぜかそれらより危険性が低いかのように扱われている大麻や危険ドラッグも、危険度はマジヤベェです。
大麻に関しては「薬物としての危険性」というより、「gateway drug」と言われて薬物乱用の入り口になってしまっていること、そして近年は効き目が桁違いの大麻が出回り始めていることなどが問題だそうです。

特に危険ドラッグは、かつて「脱法ドラッグ」と呼ばれていたがゆえに、危険度が低いと勘違いしてファッション感覚で手を出してしまう若者も少なくなかったそうですが、本書では他の薬物と比較しても危険性が高いと強く警告しています。

ちょっと長いですが抜粋。

そもそも危険ドラッグは、覚醒剤のように長年乱用されてきた、いわば「伝統的な薬物」ではない。俄に出現した未知の薬物で、それも膨大な種類が存在した。
覚醒剤の場合、一回の使用料は0.03グラムから、最大でも0.1グラム(これは自殺行為だが)という「常識」が存在する。ところが、危険ドラッグには未知の物質が多く含まれ、また医薬品ではないため使用量の目安すらない。たとえ同じ銘柄でもブツによって化学物質の含有量はまちまちで、さらに、同一系統の物質が2種類、時には異なる作用の物質や複数の麻薬が混入されていることもあった。結局、専門家から見ても得体のしれない代物ばかりなのだ。これを無闇に摂取すればどうなるか―。

まず脳の神経が破壊され、予測不能な行動をとるようになる。自己制御ができなくなるわけだ。嘔吐や動悸ならまだしも、痙攣、カタレプシー、精神錯乱、意識・呼吸障害、高体温症、高血圧、不整脈など、重篤な健康被害が一気に発生し、時に「即死」に至ってしまう

ヒェ―( ;∀;)

つまり、覚醒剤やヘロインのように「枯れた」薬物ではないがゆえに、何が成分になってるのかサッパリ分からない状態で売られており、場合によっては「猛毒」という危険性もあるということですね。

この危険ドラッグが日本で流行し始めたのが2008年頃。
次々と新種が作られ規制が追い付かなかったことや、当初マトリに取締権限がなかったことなどから、危険ドラッグ市場はどんどん拡大し、2014年頃のピーク時には販売店は200店舗を超えていたそうです。

この頃には、上述のような「効き目の強烈さ」ゆえ、薬物犯罪史上類を見ないほど、危険ドラッグ使用者による悲惨な事件や事故(車の暴走事故や銃の乱射など)がものすごいペースで引き起こされたんだとか。

その後、様々な法改正とマトリの徹底した捜査により、販売店は全滅にまで追い込んだそうですが、でもその結果、かつての危険ドラッグ使用者が大麻に流れたり戻って来たりして、今度は大麻の使用者が増加傾向とな・・・。

なんという果てしないいたちごっこでしょうか・・・。

この終わりのない戦いに挑み続ける精神力に感嘆すると同時に、「マトリ」のような組織(警察も含め)がいるからこそ、自分たちは薬物とは無縁で生きていけているのだなという思いも強く持ちました。

驚くべきハードルの低さ

危険ドラッグに関しては比較的最近の話題ですが、本書自体は戦後の薬物犯罪事情の変遷を幅広く網羅していまして。

その流れを見ていて驚くのは、この業界の

  • 時勢を逃さないフットワーク
  • サービス精神

という、どんな商売でも武器になりそうな2つ。

  • 遊び方が派手になっていくバブル期には(決してその筋ではない)一般層を顧客として開拓することで販路を拡張。
  • 80年代のポケベル、90年代の携帯電話と進化する通信機器は、抜け目なく犯罪ツールとして活用。
  • 多彩な薬物ラインナップを用意して路上で販売する、コンビニ化。
  • 買い手側の警戒心や罪悪感を低くするネット販売。

と、その時代時代に合わせて巧みに販売形態を変えて、どんどん市場を拡大しているわけです。

上の3つ目の「薬物コンビニ」化には、90年代初頭から一気に数が増えたイラン人の密売組織によるところが大きいそうですが、このイラン人の密売組織というのが意外なほどにサービス精神にあふれていて。

それまでのように暴力団組織から売人を通して薬物を手に入れるのは、買い手にとってもやっぱりハードルが高いものですが、イラン人は、

完全にビジネスに徹しており、風雨のなかでも時間厳守。指定された取引に遅れることはまずない。言葉遣いは優しくフレンドリーで、5袋買えば1袋おまけするなどサービス精神も旺盛だ。

という、なんだかめちゃ「まともに商売してます」感。

でも、売ってるの違法薬物ですからね。

このフットワークの軽さと旺盛なサービス精神の結果が、若者への薬物の蔓延なわけで、その才覚はもっと真っ当な商売に使ってくれよ・・・と思わずにいられません。

そして、やっぱり気になるのは上の4つ目、昨今のネット販売による薬物へのハードルの低さですよね。

売り手と買い手が顔を合わせることもなく薬物を売買できるということは、買い手側にとってもハードルが低くなりますが・・・。それと同時に「売り手側になる」ことのハードルもめちゃくちゃ低い、つまり、誰でも簡単に「薬物密売人」になれてしまうことを意味するわけです。

暴力団関係者でも何でもない一般人が密売人になってしまう事例は、薬物使用者が購入資金目当てに手を出す場合ももちろんありますが、それだけでなく「エリート」に属する人がわりのいいビジネスとして行っている場合もあるそうで・・・。

「ビジネス」ゆえに彼らに罪の意識はゼロ。
たとえ捕まっても、反省するのは「罪を犯したこと」ではなく「(発覚してしまったという)ビジネス上のミス」。

昨今は起業へのハードルが低くなっていますが、同じような感じで「薬物ビジネス」へのハードルが低くなっているんだなとゾっとしました。

さすがに私はこの先薬物に手をだすようなことはないと思いますが、このハードルの低さを知ると、これから育っていく自分の子供にとっては「すぐそこにある危機」なんだなと痛感します。

それをどう防いでいくか・・・。折に触れての薬物防止教育は必須ですよね。

芸能人などの薬物使用のニュースが定期的に世間を騒がせますが、本人を叩いて過去の出演作品を回収してそれで終わり。ではなくて、「薬物に手を出すとどんな危険があるのか」をもっと強くメディアは訴えて欲しいと思った私でした。

まとめ

なんだかこうして感想にまとめてみると、ありきたりの内容になってしまいましたが、本書の内容はもっと網羅的で、「マトリ」の仕事についても「薬物」の知識についても、今まで知らなかったようなことがたくさん書かれており。

世界は誰かの仕事でできている!

By ジョージア。

ということを強烈に感じる1冊でもありました。

一般には知られざる「マトリ」に興味のある方には、ぜひ一読をおススメします♪

以上、今日もどこかで奮闘している(であろう)マトリに敬意を表して、【マトリ 厚労省麻薬取締官】読書感想でした!

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